タイトルに意味などない

May 29, 2014

駄文。

ネットが普及して、という言葉の使い方も本来からすればおかしいのかもしれないが、とにかく普及した今ふと思うことがある。

変人が少なくなったなと。

少なからず一般に普及したという意味でもあるだろうし、利用する人々がリアルとつながっているんだと認識したということでもあるだろう。僕自身もある程度は、HNだろうが本名だろうが匿名だろうが体裁整えた文章であることが多い。ネットはネットの仮面を付けざるをえなくなってきた。

昔はもっと書捨ての文章をどこにでも書き込めるような雰囲気、それが書捨てだとわかっているから許容されてきた感じはあったが、もうとにかく全てに置いて個人を意識させられることが多くなったように思える。

もちろん、このネットという世界は頑張ればほぼどこのだれが(少なくともどのコンピュータが)書き込みした、通信したということはわかるようになっている。よっぽど不特定多数の中でネットワークにつながらないとほぼ特定されると思っていい。大半の不正利用でばれないのは単に調べる時間が割りに合わないことが多いだけだ。

ある種の変人たちには住処がどんどん小さくなっているようにも思えるし、痛い文章も書き捨てれないなと思うばかりである。 ネットワークにあるデータというのはびっくりするぐらい消えやすく残りやすい。世の中不思議なことに、残っていると思っていたデータがネットから消えていることが多い。どこかのコンピュータ上に残ってはいるだろうが、それが自分が閲覧できる可能性は限りなく低かったりする。アーカイブサイトが何を指標に集めているかは知らないが、とにかく特別な何かに監視されない限りWebのデータというのは消えていくのだ。閲覧できないデータなんて消えているのと一緒だろう。データ自体がネットにあっても自分が見つけることができなければ消えているのと一緒だろう。不思議なものである。

いつかは僕も死ぬだろう。いつかはこの場所もなくなるだろう。いつかは僕の愛した作品たちも忘れ去られるだろう。諸行無常である。神様というのはもうっちょっと存在をアピールしたほうがいい。そうすれば、いくらかの争いもなくなるだろうに。

僕は僕自身の自己満足を探求するかしかなく、多分それ以外で人とコミュニケーションというのもできず、人間関係というのもできない。自己満足を追求するのだから、諦めもいいし、なくてもいい。続けてもいいし、続けなくてもいい。人間さまさまである。

この文章がなぜ駄文であるか。特に根拠も理由もなく、伝えたいこともないからだ。お疲れ様でした。

おまけ

ニコニコの踊ってみたな感じで生で女の子たちが踊るシーンを間近でみる機会があったのだけど、大変超可愛かったです。生きてればまだまだいいことある!気が!しない!

 

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